ぷれす通信

communication

読んだら書きたくなりました vol.123

『ぜったいに おしちゃダメ? ラリーとどうぶつ』

ビル・コッター サンクチュアリ出版

本国アメリカでヒットした絵本『ぜったいに おしちゃダメ?』の続編が日本に上陸しました。登場するのは紫色の不思議な生物ラリーと絶対押しちゃダメな赤いボタンです。ついついポチッと押したくなるような赤いボタンを横に、ラリーは「ぜったいおしちゃダメ」と禁止するくせに、「おしたいよね?」「おしちゃえ」と煽ってきます。某ベテラン芸人トリオの鉄板のやりとりを思わせる展開です。大人だってあのやりとりを楽しんでいるのですから、子どもの心には完全に刺さりますよね。禁止されるとやりたくなる、という気持ちはカリギュラ効果と呼ばれ、人間が本能的に持っている心理現象なのだそう。やっちゃダメと言っているのに、やっちゃえよと唆しているのだから、道徳的な絵本とは言い難いかもしれませんが、禁止されることに反発するのは子どもの自我が順調に育っている証拠と捉えて、めいっぱい親子のコミュニケーションを楽しんでほしい1冊です。(いく)

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『薄情』

絲山秋子 河出文庫

東京から群馬県高崎市に帰郷し、家業の神主を継ぐ身として業務を手伝う以外は嬬恋でキャベツ収穫の住み込み仕事をする宇田川静生。定職に就かず、地元に馴染まず、人と密な関係を築かず。一見中途半端な体たらくですが、そうして周囲と一定の距離を保って物事を見つめる様子が、神職という神と人の境界を司る崇高な立場と相まって彼に達観した印象を持たせています。そんな主人公の人物像も興味をそそりますが、それに呼応するかたちで都市部と地方、マジョリティとマイノリティ、常識と非常識など二項対立とされていることの区別の曖昧さを取り上げている点も注目に値します。「不謹慎を責めるひとは、新聞のお悔み欄を見て、日々ひとつひとつに心を痛めるのだろうか。なぜ大勢亡くなると悲しんで、一人や二人だったら知らぬ顔ができるのか。あるいは大騒ぎして亡くなったひとには悲しみを向けるが、静かに去って行ったひとには無関心なのか(中略)不謹慎を楽しむことと、真剣にニュースを見ることの差は何なのか」。宇田川が倫理的な内省を繰り返して居場所へのコンプレックスを払拭する過程は、自分の居場所を受け入れることが人生の肯定へとつながることを示唆します。厚情でも無関心でもない彼を介して見える物語の結末の景色はにじみ絵のように美しく、意外にも温かい読後感でした。(くろ)

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