読んだら書きたくなりました vol.114
『感情を動かす技術』
中西健太郎 アチーブメント出版
歌手や俳優といった、心をつかみ感情を揺り動かすスター。本書はそんな人種の方々を数多く育成してこられた著者による、表現力の身につけ方を綴った作品です。何かを表現するとき、伝えたい情報の中身よりも、情報を伝えるための表現力、つまりは「人の感情を自分のイメージ通りに動かす技術」を持つことが大切だと著者は訴えます。表現力の定義を説明が分かりやすいとか、並々ならない熱意を感じるという抽象的な言葉に集約していた自分には目から鱗でした。声量の大きさや良い姿勢といったノンバーバルなもので「高いエネルギー」を持っているように見せることからでも、相手の感情を動かすという目的自体は果たせるというのですから、そんな簡単なことで? と驚きました。人は与えてくれる人を好み、元気をもらえそうな人の周りには自然と人が集まる特性があるという話にも納得。たしかに、もらってばかりで自らは相手の求めるものを与えないばかりではやがて自分の需要が減りますし、自分の需要が減ってはそもそも自分の供給先(チャンス?)を確保しづらくなりますものね。相手になってほしい感情に自分が先陣切ってなり、感情をリードする。リーダーがlead+erとスペリングされる所以がそこにあるんですね。紹介される「自己紹介の1分間スピーチ」「日常の中のプレゼン遊び」といった表現力を磨く方法を参考にしながら、周囲を、そして何より自分自身を良いと感じる生き方へと導いていきたいです。本書を読み始めた当時は「人の感情を自分のイメージ通りに動かす」だなんて自分本位なことしていいのかと少なからず懸念がありましたが、ノンバーバルな要素も含め、自分の行動を起点として、社会に関わることで得られる自他の恩恵の多さに気づかされた次第です。もっと遠慮せず自分を表現していこうと思いました。(くろ)
『夜想曲集―音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』
カズオ・イシグロ(著) 土屋政雄(訳) ハヤカワepi文庫
夜想曲というとクラシックをイメージしますが、ストーリーの中で出てくるのはジャズやポップスの曲が多いのでちょっと驚きます。その表題作ともいえる「夜想曲」が、ドタバタコメディータッチの話ということでこれまた驚きます。見てくれの悪さがゆえに売れない、妻に逃げられたのもそのせいとマネージャーに説き伏せられ、整形手術の包帯グルグル頭でホテルに缶詰めにされたサックス奏者。同じく整形でホテルに潜んでいる大物女優と知り合い、彼女が盗んだ「ある物」を戻しに2人で夜中のホテルをさまよい歩き……。副題にある通り、5つの短編は音楽と(人生の)夕暮れを絡め、男女や夫婦の別れ、すれ違いを描いています。作品によって可笑しさと哀しさを書き分け、それでいてどれも品があるのは、さすがノーベル賞作家カズオ・イシグロ。ゴンドラの上で唄われる曲、散らかった部屋に流れるレコード、丘の上で演奏されるギター、高級ホテルの一室で奏でられるチェロ。ままならない人生模様のストーリーを追体験しながら、文字から耳にするその音色を聴いて作品世界に浸ってみてください。たしかなカタルシスがそこにあります。(もん)