読んだら書きたくなりました vol.95
『人生に、上下も勝ち負けもありません 精神科医が教える老子の言葉』
野村総一郎 文響社
ジャッジフリー。ジャッジすることを、意図的にやめる。何が正しいか、間違っているかなんて視点を変えれば異なるものです。著者は45年間で10万人を診た精神科医。この本のユニークなところは、その著者が老子の教えを医師の立場から「医訳」して、身近なものを引き合いに、心のほぐし方を説いている点です。例えば、「善く戦う者は怒らず 善く敵に勝つ者は与(あらそ)わず」を「スプーンの思考」として捉えます。イラっとしたらフォークのように相手を刺すのではなく、相手をまるごとスプーンで掬いあげて手のひらに載せてしまいましょう、と解説します。怒りや悲しみや不満や無気力など感情の躓きに胸を痛めている人に、寄り添うような優しい語り口で解決への糸口を提案してくれます。何を隠そう「上り坂の儒家、下り坂の老荘」といわれているように、孔子(儒教、孔子の教え)が己を律する術を説いたのに対して、老子は「まあいいんじゃない?」とゆるい考えを説いているのです。ほんわか系のイラストもなかなかナイスで、ちょっと疲れている人にぴったりの一冊です。(いく)
『ブローティガン 東京日記』
リチャード・ブローティガン 著 福間健二 訳 平凡社ライブラリー
リチャード・ブローティガンは1960年代のヒッピームーブメントの寵児で、当時その人気はスター並にすごいものでした。彼は日本を好み、日本人も彼を好んで読み、多くの作家に影響を与えています。そんなブローティガンが初来日した1976年5月初旬から6月30日にかけての詩の数々が日記形式で編まれています。ブローティガンの詩は短く、どれも1~2ページ程度。何気ない瞬間をキャッチして数行に込め、あとは空中に放ってしまうのです。コミュニケーションの取れない日本の地で噛み締める孤独と、彼本来の持つ孤独が重なりあって、ユーモラスな詩ですら「さみしさ」がにじみ出ています。といっても決して暗いものではなく、食品サンプルの前にたたずむ猫を見て不思議がる様子や、誰の助けもなくカレーライスを注文できて歓喜したことなどを、独特の視点でうまくツイストさせて書いています。詩の前に、「はじめに」として、太平洋戦争を理由に亡くなった叔父さんについてのエッセイがあり、少年時代のブローティガンがいかに日本を蔑み憎んでいたか、なのにどうして日本を好きになったのかが記されています。そのエッセイが詩集をひとまわり大きなものにしているので、ぜひ読んでほしいです。(もん)