2015年11月号
問いかけと答え
「あの赤入れはちゃんと直されているだろうか?」「あの疑問出しはどうなったかな?」
自分の校正したゲラが、書籍や雑誌・商業印刷物として完成したら、確認してみるのも楽しみのひとつです。鉛筆出しするべきか、控えておくべきか、悩んだ所ほど気になります。
ページを手繰り、自分の鉛筆のとおりに修正されていたとき、思わず口元が緩んでしまったことはありませんか? 逆にその個所がカットされていたり、ゲラママだったり、差し替えられていたりすると、少しがっかりしたりして。
校正を始めたばかりのころ、緊張しながら入れた鉛筆がしっかり反映されていたのを目にして、誰彼問わず自慢したくなりました。書店やコンビニで、その雑誌を立ち読みしている人(女性)に「いまのページの見出しね、オレが修正の指摘入れたんだよね」なんて。(もちろん実際には言いませんよ。だめなナンパと思われます。雑誌の売り上げにも影響しますし)
……冗談はさておき。
完成したものを見ること、つまり問いかけに対する答えを知ることはとても大事なことです。誤字脱字の赤入れは自明ですが、鉛筆出しのさじ加減はなかなか難しいもの。ですが、鉛筆出しのさじ加減はなかなか難しいもの。それが上手にできるようになれば、著者や編集者とのゲラを介したコミュニケーションが円滑になり、「できる校正者」として認められるようになります。
自分はまだまだ。もっとゲラと向き合わなければ! と思うこのごろです。(校閲部長・山本雅範)
いてくれて、ありがたい
認知症が進んだ母がグループホームに入居したのは9月末でした。「慣れるのに1週間くらい」とのことだったので、2週間後、父と一緒に面会に行きました。
食堂のテーブルを囲んで数人の入居者が、それぞれのしたいこと――新聞を眺めたり、編み物をしたり――をしています。母はそこで居眠りの真っ最中。
職員が起こしたところ、いきなり、「お父さん、ありがとね!」。「なにが?」。「手をケガしてね。血が止まらないのよ」。「ケガ? いつ? 血、出てないよ」。あいかわらず話はかみあいません。
お部屋で一緒に過ごされてはとの職員のすすめで、母の部屋に。「みんな、毎晩遅くまで宴会やってるのよ。私は先に眠っちゃうんだけど。小さな子供がね、一升瓶抱えて持って歩くのよ」。父と私は「???」。
そんな具合ではありますが、職員からは「料理の盛り付け、食事の後片付け、庭の落ち葉掃きなど、たくさんお手伝いいただいて、助かります」との報告。また、「渡辺さんは、たくさんお話をしてくださるんです。誰とでも話してくださるので、会話が増えて、ホーム全体が明るくなりました。入居してくださって、本当にありがたいです」と言われました。
「よかった。ここが母の居場所だ」と思いました。そこにいて、できること、したいことをし、それによって人に感謝される。すごくいい環境だと思います。
仕事でもそのようにありたいですね。能力を発揮し、いい結果を出す。そして世の中の役に立ち、感謝される。母を見習わなくては……。(編集部長・渡辺隆)
三省堂国語辞典 第七版
見坊豪紀 他 編
三省堂/1760ページ
ISBN-10: 4385139261
ISBN-13: 978-4385139265
価格:2900円(税別)
校正していると、「またかよ」と思わず舌打ちしたくなる慣用句「敷居が高い」。広辞苑には〈不義理または面目ないことなどがあって、その人の家に行きにくい。敷居がまたげない〉と載っていますが、この意味で使われているところをお目にかかることはあまりありません。
大抵は「銀座のマキシム・ド・パリ(2015年6月閉店)なんて敷居が高すぎる」的な使い方。その度に「敷居が高いとは、不義理または……」と、鉛筆出しをする羽目に。大型・小型どの辞書を見ても本来の意味しか載っていないので、辞書が頼りの校正者としては否でも応でも指摘せざるを得ません。ところが『三省堂国語辞典(以下サンコク)』に見つけたのです、今どきの解説を。〈②近寄りにくい。「庶民にとってお役所は―」 ③気軽に体験できない。「オペラは―と思いがちだ」とあり、さらに〔②はおそくとも戦後、③は一九八〇年代にはあった言い方(↔敷居が低い)〕と補足説明まであります。
『サンコク』といえば、第三版の序文にある編集主幹・見坊豪紀の「辞書は“かがみ”である」が有名です。「辞書は、ことばを映す“鏡”であります。同時に、辞書は、ことばを正す“鑑(かがみ)”であります。(中略)ただ、時代のことばと連動する性格を持つ小型国語辞書としては、ことばの変化した部分については“鏡”としてすばやく映し出すべきだと考えます(後略)」。この見坊のポリシーが第七版でも受け継がれているようです。
「グルメ」を調べると、申し合わせたように多くの辞書が〈食通、美食家〉と載せています。これでは「厳選グルメ20」とか「人気のグルメ情報」とか、よく見かける表現が意味を成しません。『サンコク』を引いてみると、ありました!〈②おいしい料理。「ご当地―・―本〔=食べ歩きのガイドブック〕」〉『サンコク』はひと味違います。 (も)