2015年5月号
ひらがなをたいせつに
ひらがなだけを読む。フリーランス時代に在宅校正をしていたころ、最終チェックで行っていた方法の一つです。薄いものならすべてを、ボリュームのあるものは、疲れがゲラに表れやすい作業の区切りを入れたところの前数ページ、または事実確認が多かったところや、先号お伝えした終盤のあたりに絞ってチェックをしました。
なぜ、ひらがなだけなのか?漢字は字形類似や誤変換、字体、ルビの存在……といった複数の観点を孕んでいるため、注意深く校正の目を入れますが、ひらがなはシンプルさゆえに、さっと読んでしまいがちです。
しかし、ひらがながつづくところにこそ脱字(あるいは誤字)が潜んでおり、見落としが生じやすいというのが実状。しっかり見たにもかかわらず、「最終チェックやってよかった~」というケースが(……けっこう)ありました。
ひらがなを読むことは、校正者としてのルーツをたどることでもあるはずです。だって、最初に学んだ文字って、ひらがなではないですか?
当時を思い出してみてください。これまでよりもたいせつに見てあげようという気持ちが湧いてきませんか? その愛情が伝われば、ゲラのほうから「ここに気をつけて!」というサインを投げかけてくれるかもしれませんよ。(校閲部長・山本雅範)
「やるしかない!」…、まずは頭を冷やして
引き続き、母の介護の話です。
現在、父が母を介護している老老介護の状態です。ある朝、母が動けなくなりました。寝床から起き上がることができないのです。
父はビックリし、パニック状態に。「とにかくトイレに連れていかなくては!」。布団に寝ている母をトイレまで引きずっていこうとしました。玄関前の廊下までなんとか移動したのですが、そこでどうしようもない状態に……。ちょうどそこに介護用品レンタル会社の人が訪ねてきました。母が廊下に寝っころがっているのでビックリ。担当のケアマネジャーに電話をしてくれました。「それはたいへん!」ということで救急車が手配され、病院に運ばれたのでした。父が腰を傷めなくてよかった……。
以上の顛末を電話で聞いた私は、父に「一人でトイレに連れていくなんて無理。ベッド脇に移したことがあるけど、3人がかりでもたいへんだったんだよ」と言ったのですが、「やるしかないだろ!やるしかないんだよ!」。父は判断力を失っていました。
不可能なことに「やるしかない!」って立ち向かうこと、仕事の中でもありませんか?
「無茶な計画ですが、誰かがやらなきゃいけないんです。一緒にやりましょう!」のような相談を時々いただきます。しかし結局は「どこをどう工夫しても、目指す内容をその期間で完了させることは無理です」とお断りすることになります。
「やるしかない!」って無茶をして前よりひどい状態になるなんてことがないように、窮地の時こそ、まずは頭を冷やして、冷静に行動したいものです。(編集部長・渡辺隆)
この1冊!『食語のひととき』
『食語のひととき』
早川文代 著
毎日新聞社/255ページ
ISBN-10: 4620316741
ISBN-13: 978-4620316741
価格:1,400円(税別)
「香ばしい」「サクサク」「こんがり」……日本語ならではの多様なおいしさの表現。そんな、食や味わうことに関する言葉を集め、その背景について語ったエッセイです。
著者は日本語や言葉の研究者ではなく、調理科学などを専門とする食品の研究者。ありがちな語源や用法などの雑学ネタにとどまらず、科学的な分析・調査結果を加えながら解釈しているので、説得力があります。気どらないシンプルな語り口にも、好感が持てます。
たとえば、『ふわふわ』は「食感と外観を合わせて表現し、オムレツなどの卵料理や、シフォンケーキ、マシュマロ、わたあめ、はんぺんなどに使う言葉」「いずれも空気をたっぷり含んでいる。ふわふわは、いわば、空気を味わった言葉なのである」。
「ビールは、ごくりと飲み込んだ後、水に比べて、のどでの神経の応答が長い時間持続する。これがビールの後味ともいうべきものだ。ところが、この神経の応答を塩が消すという。神経をリセットすると、ビールは再度おいしく飲める。塩味のおつまみでビールがすすむのには理由があったのだ」(『後味』)。
このように、身近な例や具体的な調理の場面に触れながら書かれているので、イメージしやすく、料理好きな人にもおすすめです。
季節ごとに構成されており、春なら「シャキシャキ」「淡い」、夏は「みずみずしい」「つるり」「キーン」のように、食の季節感が楽しめるのも特徴。
擬態語・擬声語のみならず、雑誌でよく使われる「くせになる味」「えもいわれぬ味」なども含め120の言葉を集めています。繊細で豊かな日本語とともに、おいしさも味わえる1冊です。 (な)