2014年7月号
デッドゾーン ゲラは校正者の商品
なにかと自己アピールが求められる時代。アピールが苦手な方もいるかもしれませんが、校正者もなんらかの形で自分を表現しなければ発注者の目には留まりません。かといって、それは派手なパフォーマンスではなく、校正者の唯一の商品である「ゲラ」をどのようにつくるかということです。
道具は、赤ペンと黒エンピツ(たまには青エンピツも)。これだけで、校正者としての力をすべて注ぎ込み、お客様に「また注文したい!」と思わせるような商品をつくらなければならないのです。
しかし時折、校正者にとっての大切な商品であるはずのゲラが、さも死闘を繰り広げたような代物になっていることがあります。エンピツで指摘を書き殴っていたり、引き出し線を縦横無尽に走らせていたり、別々の指摘が重なって見えたり……、そんなゲラを、さあどうだ! とばかりに突き付けられては、受け取った側は書かれた指摘を一つひとつ拾う気も失くしてしまうというものです。
確かに「このやろうっ!」と思わせるようなゲラに当たることもあるにはあるんですが……。
それでも、ゲラは校正者としての自分を表現する商品です。赤ペン、黒エンピツ、青エンピツをバランスよく配置することは、時間に追われる中ではなかなか難しいかもしれませんが、それだけ校正者の力量が試されるところでもあります。
美しい商品、すなわち「読みやすいゲラ」を編集者や著者、あるいはDTPのオペレーターに届けることを常に心がけておきたいものです。(い)
この一冊!『漢字の起源』
『漢字の起源』
藤堂明保 著
講談社学術文庫/240ページ
ISBN-10: 4061597922
ISBN-13: 978-4061597921
価格 840円(税別)
校正・校閲者としての生き方を選んだその時から、文字との果てしなき付き合いが始まります。特に漢字とは否応なく付き合うことを余儀なくされますね。とはいえ、一文字ずつの漢字の起源を理解しているかどうかということになると、限られた知識しか持っていないと気づかされることがあります。
この書籍はまさに漢字の起源について著したものです。著者によると、漢字の作られ方は、象形(日・月など)・指事(上・下など)・会意(信・武など)・形声(江・河など)文字という四種類に分類できるといいます。もっとも、一口に「文字」と言いますが、「『文』と『字』を区別していた」古人の時代、様々な事物の形を模様のように描いた「文」(もよう・もじ)を組み合わせて、二次的に作られたのが「字」。象形・指事文字は「文」で、会意・形声文字は「字」にあたります。これらを組み合わせることで、様々な漢字が生み出されていったというのです。
本書を読むと、思わずドキリとする成り立ちの漢字を普段から使っていることに気づかされます。例えば、「民」は目に鋭い針を刺して見えなくした様子を表している漢字です。また「僕」は尻尾の生えた動物として描かれた奴隷(要するに人間扱いされていない)が両手で食物を入れた籠を運んでいる様子を表したもの等々、現代とは大分異なるイメージを元に生まれたことが分かります。漢字の一文字ずつの中に、古代へとつながる人々の軌跡が刻まれているのです。
このようなことは、実務において必須の知識とまではいえません。しかし、校正・校閲の仕事は、文字とその背景にある知識を総動員して誤字脱字を発見し、文章の適・不適を精査・指摘することと定義するなら、漢字の起源を知っていることは、校正・校閲の優秀さへとつながるかもしれません。
ちなみに、「優」という漢字は、「憂」と同系の漢字で、「人+憂」から成り立っています。本来の意味が、しずしずと思わしげ(憂)に動作する人(優)ならば、誤植はないかと眉間に憂いを含ませつつ静かにゲラに向かう校正・校閲者にこそ相応しい漢字ではないでしょうか。(T)