ぷれす通信

communication

2014年4月号

デッドゾーン 思い込み校正の危険

先日、校正していたゲラに「多摩堤通り」と出てきました。これは世田谷区の「玉堤」のことではと思いエンピツを入れようとしたところで、どうにもモヤモヤする……。調べてみると、「多摩堤通り」は世田谷区玉堤を横切る道路(都道11号大田調布線)の名称だった! 間抜けなエンピツにならずに済んでホッとしました。やっぱり、思い込みは危ない、いや、致命傷にもなりかねません。

前号の「この一冊!」で紹介した『その日本語、ヨロシイですか?』(新潮社)の中にも、「東条英機」が「東条英樹」のまま誰も指摘することなく校了し、印刷もほとんど終わった段階の見本刷で気が付いて刷り直し、という全身の血が凍りつくような実話が載っています。これも、「いくら何でもこんな有名人の……」という“思い込み”が原因でした。

こうした失敗は、往々にして人名や地名といった固有名詞で起こりがちです。そこで、どんな固有名詞がスルーされやすいか、以下によくある日本人名の誤植例を紹介します。

(1)伊井直弼(いいなおすけ/幕末期の大老) (2)安東昌益(あんどうしょうえき/江戸中期の思想家・医家) (3)安倍公房(あべこうぼう/小説家・劇作家) (4)安部晋太郎(あべしんたろう/現首相の父、政治家) (5)阿部仲麻呂(あべのなかまろ/奈良時代の遣唐留学生) (6)坂東妻三郎(ばんどうつまさぶろう/映画俳優) (7)倍償千恵子(ばいしょうちえこ/女優) (8)植村直巳(うえむらなおみ/冒険家) (9)高橋和己(たかはしかずみ/中国文学者・小説家) (10)伊東四郎(いとうしろう/コメディアン・俳優) (11)伊沢八郎(いざわはちろう/歌手) (12)山田耕作(やまだこうさく/作曲家・指揮者) (13)福田赴夫(ふくだたけお/福田康夫元首相の父、政治家) (14)鍋島閑臾(なべしまかんそう/幕末・維新期の佐賀藩主) (15)笹沢佐保(ささざわさほ/小説家) (16)佐々木信綱(ささきのぶつな/明治~昭和期の歌人・国文学者)  (17)嵯峨三智子(さがみちこ/女優) (18)石原完爾(いしはらかんじ/昭和期の陸軍軍人) (19)緒方拳(おがたけん/俳優) (20)牛尾治郎(うしおじろう/実業家)

 こうして列挙すると誤植がすぐにわかるものでも、実際のゲラに紛れていたら……。見慣れている固有名詞ほど注意が必要ですね。(む)

【正しい表記】

(1)井伊直弼 (2)安藤昌益 (3)安部公房 (4)安倍晋太郎 (5)阿倍仲麻呂 (6)阪東妻三郎 (7)倍賞千恵子 (8)植村直己 (9)高橋和巳 (10)伊東四朗 (11)井沢八郎 (12)山田耕筰(1930年までは「耕作」) (13)福田赳夫 (14)鍋島閑叟 (15)笹沢左保 (16)佐佐木信綱 (17)瑳峨三智子 (18)石原莞爾 (19)緒形拳 (20)牛尾治朗

この一冊!『日本語不思議図鑑』

この一冊!『日本語不思議図鑑』

『日本語不思議図鑑』

定延利之 著

大修館書店/128ページ

ISBN-10: 4469221813

ISBN-13: 978-4469221817

価格 1000円(税別)


「間違い発見!」と張り切って赤入れをしたはいいけれど、そのままでもいいような気がしてきて、修正液で消して…。校正していると、“怪奇”な日本語に惑わされる場面は多々あります。

この本は、オビに「日本語の怪奇現象」とあるように、日本語の“怪奇”=“不条理や日本人の言動の謎”について、著者独自の理論に基づいてQ&A形式で解明しています。

たとえば、最も深い地下鉄の構想について、

Q. 「今までの地下鉄よりも深い地下50メートル(  )のところを走る」の空欄には、「以上」、「以下」のどちらが当てはまる?

A. 「以上」でも「以下」でもよい

なぜなら、「深い」ことを「下」という方向で見ると「以下」となるが、数値で考えれば60メートルや70メートルは「50メートル以上」である。よってどちらも間違いではないとしています。

ほかにも、

Q. 「夜もふけてまいりました」は、夜のほかに何がふけた?

A. 何もふけていない

一見ふざけているようなQ&Aですが、「も」の役割を聞かれたら説明できるでしょうか。これについて著者は、「時間がたつのは早い」という世の中の通念がベースにあるから、「夜も」という表現になるのだと説明しています。

これらは、言語研究者である著者の「研究結果」であり、オリジナルの理論。そういう意味では日本語の“通”向けかもしれません。しかし、「間違い!」と思いこんでいたことが、とらえかたによっては誤りではないことを気づかせてくれます。張り切って赤入れをする前にたちどまることで、インクと修正液を無駄にせずに済むかもしれません。

でも、この本に正誤の判定を求めるのは少々危険。あくまでも考え方の参考としてどうぞ。(N)