2012年1月号
デッドゾーン いつも1年生
今回のタイトルは、昨年の朝日新聞から。12月12日付夕刊「凄腕つとめにん」にあった言葉です。「先輩の教え。過去に扱った物でも状態は変わる。常に初めてのつもりで」と添え書きがありました。これ、とても大事なことですよね。
運輸会社の美術品を扱う部門で働く三木英樹さん。その「凄腕のひみつ」が3つ挙げられています。
1.社内免許と専用輸送車
2.無類の博物館好き
3.万能の「紙」と「綿」
まず1.から。三木さんは事務職採用ですが、「運転しないと分からない」と、社内の厳しい試験を突破し、ドライバーの社内免許を取得。美術品輸送の専用車のハンドルも握ります。路面の凸凹がどのくらい美術品に影響するか等々、自ら知っておきたいというその気持ちと行動が◎です。
次は2.。休みの日にも、博物館巡りを楽しむそうです。「歴史系を中心に」と書いてあるのは、あの仏像はどうやって運ぼうか、などと仕事の勉強を兼ねているのでしょうか。私たちも日々の研鑽が物を言うのは同じですね。
最後に3.を。万能の「紙」は「薄葉紙(うすようし)」という和紙。よく揉めば緩衝材に、繊維に沿って細く裂き捩って結べば丈夫な紐に、これで「綿」を包めば綿布団に。これを展示物に当てて破損から守ります。この紙の特性をいかに知り、使いこなし、目の前の「世界で一つ」の展示物を守るかがプロというものでしょう。「凄腕」の三木さんは、これを当たり前の作業としてこなしているのです。
この記事を読み、校正者になりたてのころを思い出してデッドゾーンで取り上げました。最初のころは不安で、先輩のゲラや関係書籍を読み、自分が校正した本も見直したものです。
昨年の「原点回帰」はいかがでしたか? 今持っている技術等は本当にそれで十分ですか? 「いつも1年生」「常に初めてのつもりで」ゲラに向かいましょう。(S)
この一冊!『プルーストとイカ』
『プルーストとイカ』
プルーストとイカ
メアリアン・ウルフ著、小松淳子訳
384ページ/四六判
ISBN 978-4-7726-9513-8
2,520円(税込)
本文だけで345ページもある大著です。「読字」「書字」がどのように脳を形づくり、我々に大いなる財産をもたらしてくれているかを書いた本です。
英語圏で書かれた本なので話題もアルファベットが中心ですが、古代語(シュメール語やインカの文字「結縄(キープ)」など)や日本語も取り上げられています。
本書のキーワードは「繰り返し」。「繰り返し」書く。「何度も」「読み聞かせ」る――お母さんのひざの上で物語を聞くひととき。「繰り返す」ことが脳の回路を育てるのにいかに大切か、そしてそれらがいかに我々の思考を育てるか、自ら考える力を養うか、ということをさまざまな実験や例を挙げてわかりやすく解説しています。
早期教育にも触れてあり、文字を自分で読ませるのは7歳からでちょうどいいそうです(それより早いと脳の発達が間に合わないので逆効果のようです)。それよりも“ひざの上”の時間を幼少期にたっぷりもつことが大切だそうです。
「ディスレクシア」という読字障害があります。脳の左半球を使うことに何らかの支障があり、右半球で独自の独特な読字回路を形成するようです。ディスレクシアの人にはアインシュタインやガウディ、トム・クルーズがいます。読字に障害がある人には、特別な才能がある人が多く見られるそうです。
絵本好きとしては、「絵本」から学べることがいかに多いか、という点に注目しました。耳で聞き目で見た物語と描かれた絵から得られるのは、文字から言葉から文法から比喩から他者への理解まで、それはそれは多岐にわたるのです! 読字と書字は、読み(音読し、黙読する)・書き・聞き・話す「全身運動」でもある、というふうに読みました。
「校正に役に立つ」という本ではありませんが、文字を扱う者として読んで損はないです。文字があること、それを読めることの喜びを改めてかみしめることができる良書です。